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夢の国への誘い

2008/12/29 02:45
クリスマスイブは過ぎましたが、毎晩多くの方が見に来るほどのイルミネーションを作り上げた方の懸命さに拍手を贈りたくてアップしました。毎年少しずつ新しい物を加えてイルミネーションはその豪華さを増していったようです。しかし、実際には、光は不思議で、豪華さというよりは癒しの度を増していったと言った方が適切なようです。天から本当にサンタクロースがやってくるような雰囲気でした。
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今朝のわが家の花(12月23日)

2008/12/23 12:16
 シクラメンの花は、年末年始の花になりましたね。
そのシクラメンについて枕草子風に書いてみると、
冬の花はシクラメンがいい。
真綿色したシクラメンも、ピンクのシクラメンもいい。
男性がシクラメンの鉢植えを持って雑踏の中を急ぎ足で歩いている姿もなかなかいい。
豪華に咲いているシクラメンもいいが、次の開花を待つ蕾に大いなる可能性を感じるのはさらにいい。
やや円形の葉がうねりながら広がっているのもいい。
白い斑が入っている葉は、少しの悲哀を感じてさらにいい。
シクラメンは豪華と少しの悲哀を感じられるところがいい。
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 シンビジュウムの蕾です。わが家で育てているものです。蕾の数はそれほど多くはありませんが、家で育てて咲かせることができるようになったときは大変に嬉しかったものです。蕾の先端が少しピンク色に染まり始めていますね。さて、どんな花になるか、開花したら紹介したいですね。蘭が庶民の花になるまでには苦労があったといいます。海外から輸入していた時代から、国内で培養によって大量に生産される時代へと、美しいものを身近に置きたいとの願いが、この困難を乗り越えさせた原動力になったのでしょう。
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 正式名称はディセントラ・エクシミア。
別名はヒメケマンソウとか、アメリカコマクサといいます。
わたしはケマンソウが大好きです。かつて、ケマンソウをアップした時に、次のように書きました。

夏の太陽が容赦なく照りつける昼下がり。暑さに閉口しながらもどこかに希望が湧いてくるような時間帯。少年の頃、私はこの時間帯が大好きだった。川遊びに行きたい一心だから暑さも大切な要素で、けだるさを感じているような気分は全くない。そんな少年の目に飛び込んでくるのは、きまってケマンソウの花だった。暑さが似合う花だと感じた。蒸し返す大地のきわに赤い提灯を並べたようなケマンソウが咲いていると、夏祭りの太鼓や鉦の音が体内に届いてくるような感覚を得た。さあ、川遊びに行って魚をたくさん獲ってこようとする少年の気迫に適う花のように感じた。

今は、季節は冬です。ギラギラする太陽はありませんが、ケマンソウはその可憐な花を咲かせて、私に懐旧の情をもたらします。よく似た花のコマクサは高山植物の女王と言われます。花の形が馬の顔の形に似ていることからコマクサ(駒草)と名付けられました。その風情がこのディセントラ・エクシミアの花にもあります。
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 これはセンリョウです。マンリョウというよく似た植物もあります。ともに今は亡き母が愛した花です。花というよりは、この赤い実が好きだったのです。赤の反対色は緑ですから、赤と緑の対照をもったセンリョウは対比の美をもっているとも言えます。母はその対比の美を好んでいたのかもしれません。冬季は、ポインセチアやヒラギモドキなど、赤と緑の対照をなす植物が好まれているようです。ぜなのでしょうね。花屋さんの店頭がこの時期、にぎやかで豪華な雰囲気が感じられるのも、そんな理由があるからなのでしょうか。四季を通して、それぞれの季節にふさわしい色合いがあるように感じられます。
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柿の色

2008/12/19 00:15
「鈴生(すずな)り」の柿です。「鈴生り」とは、「神楽鈴(かぐらすず)」のように果実が房なりになることですね。どうです、この柿の豪華さは!いいですねぇ!青空を背景に見事ではないですか!
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佐賀有田の伊万里焼きは朱色、柿の色のように見える。赤絵磁器の伊万里。本当に美しい朱色です。 その伊万里焼のような柿の色です。
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柿は東アジア温帯固有の果樹です。揚子江の流域に自生していたものが日本に輸入されたようです。柿の木は器具や建築用に使われます。木目の変化が美しい材です。
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鈴生りに 柿緊(し)まりけり 冬の里
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ヤツデ゙・ツワブキの葉の光沢

2008/12/14 21:29
ヤツデ゙の花が咲いています。よく見ると高貴な姿をしています。かすかにやわらかな香りが感じられます。年の瀬の慌ただしさには不似合いなほどに落ち着いた風情をかもしています。しかし、なぜかヤツデは人々に親しまれないように思われます。日本人の繊細な感性にとってヤツデは大振りすぎるのでしょうか? 
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ヤツデの葉とツワブキの葉の光沢は似ています。どうしてこうまでつやつやと輝くのかと考えをめぐらすと、やはり冬の厳しさに思いが及びます。冬の寒さと乾きが、葉のクチクラ質の精度を高めるらしい。乾燥から葉を守ろうとした結果なのでしょう。厳しい環境であるからこそ逞しく輝く。それは自然の道理であり、摂理なのでしょうか。もし、そうであるとするなら、人間もまたその道理を心得なければならない。逆境こそ輝くということ、を!  
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ツワブキは石蕗と書きます。ツヤブキとも言います。そして、腫物・湿疹などの薬用になるそうです。寒気の中、黄花を咲かせるツワブキの健気さと強さ、その懸命さに感動します。  
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渋谷の街はイルミネーション

2008/12/12 00:52
イルミネーションの街はにぎやかです。美しい光が交錯する街はあまりにも幻想的で夢見心地になります。さあ、心の窓を開けて、心に外の光を取り入れましょう。希望は、開放して初めて獲得できるのですよと囁いているように感じました。 
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トナカイでしょうか。円柱の頂に、街を見下ろすように立っています。気持ちよさそうですね。 
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街は活気を求めてイルミネーションを輝かせています。いいですね。この美しい光の中で一夜を明かしたく思いました。 
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12月7日の月(moon)

2008/12/09 02:30
太陽光が明るい午後2時ころから、白い月が天空に見えました。黄葉した公孫樹、銀杏、イチョウの梢に見えた月はなかなかに美しく感じました。 

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渋谷のビルの谷間から見た月です。文化村の「ザ・ミュージアム」で開催中のアンドリュー・ワイエス展「創造への道程」を見に行きました。アンドリュー・ワイエスが大好きで、日本で行われた彼の展覧会は全部見てきました。その道すがらに見た月です。 

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展覧会を見終えて外に出ると、もう暗くなっていました。性能の悪いカメラで撮った月です。街にはクリスマスのイルミネーションが点灯されていましたので、その情景の一部と月のコラボレーション。大変な人ごみの中で慌てて撮ったこともあり、お粗末な写真ですが、月の雰囲気を知っていただきたくアップしました。ジングルベルの可愛らしい音楽が聞こえてきそうですね。 

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再び、ぼけた写真をアップします。闇の中の銀杏と月をアップします。黄金色のイチョウに月光は似合いますね。太宰治は「富士には月見草がよく似合う」と『富嶽百景』で言いましたが、私は「月には黄葉の公孫樹がよく似合う」と言いたくなりました。月光は白いたおやかな光でした。 

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今日は幸せでした。アンドリュー・ワイエスの作品を心ゆくまで見ました。既に見た作品もありましたが、展示の仕方に工夫があって、ワイエスが作品を作り上げるまでの工程が理解しやすいようにしてありました。鉛筆画、水彩画、テンペラ画の魅力を堪能しました。そして、月を眺め続けました。 


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トウモロコシの配列で〜す!

2008/12/05 19:45
玄関の天井を見上げると、こんなものが吊り下げられていました。乾燥中のトウモロコシです。 綺麗な配列で〜す。これは玄関飾りなんでしょうね。よもや保存食とは思われませんが…、でも、分かりません。家主さんに、その理由を聴けばよかったのですが、聴けませんでしたので、今でも謎です。分かる人がおられたら、教えてくださな!
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よく見ると、トウモロコシの下のほうの実がないものがありますね。やはり時々取っては、食料にしているのかなぁ?冬の日差しが天井裏まで明るく照らしているので、トウモロコシの細部までよく見えました。なかなかに美しいトウモロコシの配列でした!
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モミジに遊ぶ光のかがやき!

2008/12/03 21:14
モミジ(枝垂れモミジ)の葉に冬の陽光が輝いています。葉が風に揺れるたびにキラキラと輝いて、それはそれは惜しみなく輝いています。紅葉は、葉の中にアントシアンが増加することによって葉緑素が分解するために起こると言われます。緑色から反対色の赤色への劇的な変化! 本当に不思議ですね。それにしても、紅葉は美しいです。しばし、その素晴らしさを眺めようではありませんか。 
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枝垂れモミジの葉の多さに比例して、光の反射はまぶしいほどに強くなります。新緑の季節に芽吹いて、力強く青葉となり、やがて紅葉する。生命の変化、生命の輪廻の妙を感じます。 
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 詩「紅(くれない)のモミジのように」 
              (この詩は自分自身のために作りました)
                    
             お前に 
             この赤いモミジのような熱情はありますか。

             静かに目を閉じてごらん!
             深い思索をめぐらしてごらん!             

             お前に、人類の不幸な歴史に訣別をして
             誰もが幸せに生きられる世界を作る
             その熱情はありますか。
             その方途はありますか。

             この紅(くれない)のモミジのように
             歴史を必然たらしめんとする熱情がありますか。

             自らが生きた証として
             どんな価値を作りだしますか。
             父さん、母さんを愛したような
             そのあたたかな眼差しを誰に注ぎますか。

             一生は何かを為すには短く何をも為さぬには長い
             と、古人(いにしえびと)も言っています。

             さあ、お前の魂を
             真っ赤なモミジのようにたぎらせて
             阿修羅のごとくに奮い立たせて
             言葉と行動に表現するのです。
             お前の中の善と美と利の価値に磨きをかけて
             平和と幸福のために生きるのです。  
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上の写真のモミジの葉には光と影が共存します。下の写真のモミジの葉は全面に光が当たっています。たったそれだけの違いですが、印象は随分と異なりますね。美しさの中味を教えてくれているように感じました。 
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モミジの幹の確かさ。モミジの枝のしなやかさ。モミジの葉の歓喜と歓談。人生に当てはめて考えれば、人間にとって大切なものは、確かさと、しなやかさと、歓喜と歓談なのでしょうか。一枚の写真ではありますが、多くのメッセージを感じ取ることができます。 
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カジカ蛙の岸辺 2008年12月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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